糖尿病スティグマのリアルとは~当事者・周囲の声をアンケートからご紹介~
当記事の執筆は、臨床心理士・公認心理師 石倉美希が担当しました。
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スティグマとは、もともと「烙印(らくいん)」という意味を持つ言葉です。ある特徴を持った個人や集団が、誤解や根拠のない認識を持たれ、社会的不利益や自尊感情の傷つきをもたらすことを指します。
糖尿病があることでスティグマを経験する方は多く、糖尿病のある方の権利を守り、社会的地位を回復する活動はますます注目されています。
今回は、シンクヘルスアプリユーザーの皆様のご協力のもと、糖尿病スティグマに関するアンケート(※)にご回答いただきました。糖尿病のある方、ない方の認識の違いにも触れながら、糖尿病スティグマのリアルな声をご紹介していきます。
ぜひ最後までお付き合いください。
目次
糖尿病のスティグマとは
糖尿病スティグマはその内容から、社会的スティグマ、乖離的スティグマ、自己スティグマの3つのタイプに分類されています。
・乖離的(かいりてき)スティグマ…模範的なイメージとのギャップ
・自己(セルフ)スティグマ…自分を価値のない人間とみなすこと
スティグマによる影響
糖尿病のある方は、スティグマによって以下のような体験を迫られているといわれています。
・経済的な不利益
・治療機会の喪失
・自尊感情の低下
これらの体験は糖尿病の増悪に影響しているという研究もあり、治療を妨げる一因にもなっているのです。
偏見や誤解の実際
シンクヘルスアプリユーザーの皆様にご協力いただいたアンケート結果をご紹介していきます。
実際にスティグマを経験した方は、1型糖尿病で2人に1人、2型糖尿病で3人に1人という結果でした。
これだけ多くの方が経験されているという事実は、見過ごせない結果といえます。
実際、どんなスティグマを経験されているのでしょうか。
以下は、過去に経験されたスティグマの内容について示したものです。
ネガティブなレッテル
糖尿病のある人が経験したスティグマの内容を整理すると、病型に関わらずトップ2は共通していました。
2位 贅沢病や日々の不摂生のせいだと言われた
実は、糖尿病のうち90%以上を占める2型糖尿病の発症には、遺伝的な要因が大きく、生活習慣の乱れが原因とは限りません。
血糖の推移には食事や運動の影響が大きいことから、不摂生が原因だと勘違いされてしまうのかもしれません。
「糖尿病」という病名や病気のイメージによって、レッテルを貼られてしまう現実が見えてきました。
健康リスクによる影響
「保険に入れなかった」という社会的スティグマの経験も病型に関わらず、3位にランクインしました。
実は、40歳時の糖尿病のある方の寿命は、糖尿病のない方とほぼ変わらないと推測されています。糖尿病がある方も治療を適切に継続していくと、合併症の進行を抑えることができるのです。しかし、実際は正しく理解されていない場合があると考えられます。
病気を理由に仕事を任せてもらえなかったという声もあり、社会的地位への影響も大きいようです。
関連記事:糖尿病と仕事の両立は大変?~周りの人にお願いしたいサポートも解説~
より理解されにくい1型糖尿病
1型糖尿病の方が経験したスティグマの内容で特徴的だったのは、「結婚を反対された」という項目でした。これは、2型糖尿病の方では少数の意見だったため、1型糖尿病がより理解されにくいという実態を表しています。
スティグマの内容について「その他」と自由記述で回答いただいた中から、1型糖尿病特有の悩みも明らかになりました。
・1型糖尿病をそもそも知らない人が多く、説明しても理解されなかった
(「その他」自由記述より抜粋、改変)
1型糖尿病と2型糖尿病は、病気のメカニズムが根本的に異なります。1型糖尿病はなんらかの原因で膵臓のβ細胞が破壊される自己免疫疾患であり、生活習慣に関わらず発症する疾患です。
1型糖尿病は糖尿病の中でも約5%と少数であるため、周囲が正しい知識を持っていないことも多いのでしょう。1型糖尿病ならではのスティグマも経験されているといえますね。
関連記事:
【医師監修】1型糖尿病とは〜原因・症状から治療と生活の注意点をわかりやすく解説〜
【医師監修】2型糖尿病とは〜原因・症状や治療についてわかりやすく解説〜
病気を伝えにくい背景にあるスティグマの影響
スティグマは実際に経験する経験的スティグマと、こうなるかもしれないと先回りして行動する予期的スティグマに分類される場合もあります。
予期的スティグマの代表的な一例に、病気であることを隠してしまうというものがあります。アンケートでも、糖尿病であることを伝えにくい気持ちがあるかどうかお聞きしました。
アンケートの結果、約80%の方は身近な人に糖尿病であることを伝えている一方で、全体の約40%(約2.5人に1人)は周囲に糖尿病であることを「伝えにくい」と感じているという結果でした。
伝えている相手についてお聞きすると、家族や友人など身近な相手には伝えられている一方で、職場の上司や同僚、親戚やSNSなど関係性の遠い相手には伏せている人も多いようです。
糖尿病を伝えにくいと感じる理由をお伺いすると、主に次の3つの思いが背景にあるとうかがえました。
正しく理解されない不安や諦め
「偏見を持たれるのではないか」という不安や「伝えてもどうせわかってもらえないだろう」と理解してもらうのを諦めてしまう声が多く挙がりました。
理解されなかった失望感を味わうくらいなら、伝えない選択をしようと思うのも無理はありませんよね。
病名のイメージや恥ずかしさ
「糖尿病」という病名自体に抵抗感があるために、病気であることを伝えにくいという回答も目立ちました。糖尿病についてあまりよく知らないと、病名が持つイメージは大きいと思われます。
そのため、社会全体で糖尿病の正しい知識を共有することが、病気を深く理解する一歩として重要といえるでしょう。
糖尿病がある人の病名に対する思いを受け、日本糖尿病学会と日本糖尿病協会は、糖尿病の名称を変更する案を2023年に発表しています。
今後、病名に伴うスティグマの軽減も期待されますね。
行き過ぎた気遣いの回避
糖尿病に限らず、病気であると伝えると心配されてしまうのを懸念する方も多いようです。
・食事に誘ってもらえなくなってしまいそう
・会食の雰囲気を壊したくない
という声がありました。
周りからの過剰な配慮を窮屈に感じてしまったり、自分自身も周りからの視線を意識しすぎてしまったりという気持ちが、糖尿病があることを伝えにくくしているのかもしれません。
糖尿病がない人の声
糖尿病のない人にも、糖尿病についてどんな考えを持っているのかお聞きしました。
回答いただいた方の属性は以下の通りです。
(なお、回答はシンクヘルスアプリユーザーであることにご留意ください。)
糖尿病ってどんなイメージ?
糖尿病のない人に対し「糖尿病のイメージを一言で表すと?」とお聞きした結果が以下の通りです。
インスリン注射や合併症のリスク、QOL(生活の質)に関わるイメージを掲げる方が多いようです。
生活習慣病というイメージも根強い様子からは、やはり1型糖尿病に関する誤解もあるように見受けられます。
糖尿病のイメージを選択肢で提示した場合の結果は以下の通りです。
合併症のイメージが突出して強い結果となりました。
糖尿病の3大合併症である、糖尿病性神経障害、糖尿病性網膜症、糖尿病性腎症はそれぞれ進行すると、四肢の切断、失明、人工透析につながるリスクがあります。生活を一変させるインパクトの強さが、イメージにも影響しているのでしょうか。
生活習慣の乱れや甘い物の食べすぎといった、病気の誤解や病名による偏ったイメージも少なからず見受けられました。
関連記事:【医師監修】糖尿病の合併症についてまとめました〜発症の順番や予防法も紹介〜
正しく理解されにくい情報とは
糖尿病のない人は、糖尿病についてどの程度正しく理解されているのでしょうか。
半数以上の方に理解されていたのは
・遺伝的な要因が大きい
・治療により合併症なく過ごせる
という点でした。
一方、正しく理解されにくかったのは
・糖尿病であっても食べられないものはない
という情報でした。
一般的な知識よりも一歩深い情報や治療の実際については、理解度は高まりにくいですよね。周囲に糖尿病のある人がいる方は、周りにいない方に比べて全体的に理解度は高い傾向にありました。糖尿病が身近であると、理解もより実感を持ったものになるのでしょう。
対応や配慮の難しさ
糖尿病のない人のうち、周囲に糖尿病の方がいる人の約50%、周囲に糖尿病のいない人の約60%の人が、糖尿病のある人に対して特別な対応や配慮をすると思うと回答しています。
対応や配慮の具体例としては、
・体調を尋ねるようにする
・食生活や運動習慣の改善をサポートする
といった回答がありました。
一見すると適切な配慮にも見えますが、糖尿病のある方にとっては「気を使わせてしまうかもしれない」という予期的スティグマにもなり得る結果といえます。
どんな対応や配慮をしてほしいかは置かれている状況や個人の事情によって異なります。
もし、糖尿病のある人から病気について打ち明けられたら、まずは相手の話をよく聞いてみましょう。ご自身の考えや評価は一度、脇に置いておくのがポイントです。
アドボカシー活動は1人の意識からできる
スティグマから糖尿病のある人の権利を守り、社会的地位を回復させる活動を糖尿病アドボカシーといいます。
糖尿病診療ガイドラインによると、最終的なゴールは、糖尿病があっても健康な人とかわりない人生を送ることです。
具体的には以下のような活動があります。
②糖尿病の治療薬を入手する負担をサポート
③糖尿病予防推進
④糖尿病研究への研究費支援
⑤健康格差を小さくする
⑥治療・科学技術の発展促進
アドボカシー活動は、糖尿病のある人や医療従事者だけでなく、糖尿病のない人、企業、行政なども参加しています。まさに社会全体で取り組む活動といえますね。
すぐにできること
私たちがすぐできるのは、その人自身が望む関わり方についてよく話すことです。病気の有無に関わらず、どの程度自分のことを相手に伝えるかという距離感は人それぞれ違いますよね。無理に病気のことを聞き出したり、アドバイスをしたりするのではなく、まずは日頃からお互いを信頼できる関係づくりを意識しましょう。
アドボカシー活動の根底には、相手を尊重する気持ちが大切なのではないでしょうか。
まとめ
今回はシンクヘルスアプリユーザーの皆様のご協力のもと、糖尿病スティグマの実際についてまとめました。
糖尿病スティグマを経験されている方は2~3人に1人と、多くの方が悩まれた経験をお持ちでした。
スティグマの内容も
・乖離的スティグマ(主に医療従事者から非難や評価されること)
・自己スティグマ(自尊心の傷つきなど)
のすべてカテゴリで回答があり、スティグマの根深さがうかがえました。
スティグマは実際に経験する経験的スティグマだけでなく、スティグマを回避しようとして生じる予期的スティグマがあります。
糖尿病があることを周囲に伝えにくいと感じる方は2.5人に1人でした。
家族や友人など身近な方には伝えられている一方、関係性の浅い相手への伝えにくさは強いようです。
糖尿病のない人にとっては糖尿病は合併症のイメージが強く、一般的な病気の知識は持っている方が多いものの、病名や病気のイメージによる誤解、知識不足もうかがえました。
糖尿病のある人の権利や社会的地位を守るための活動は、アドボカシー活動といい、個人から企業、行政に至るまで広く活動の重要性が広まってきています。
難しく考えすぎず、まずは相手を尊重する気持ちを大切にしていきましょう。
実施日:2024.06.03~2024.06.10
回答者数:526名
調査対象:シンクヘルスアプリのユーザー
実施方法:シンクヘルスアプリ内にて、ウェブアンケート調査
より詳しいアンケートの結果はこちらをご参照ください。
なお、弊社の開発する無料アプリ・シンクヘルスでは血糖値や血圧の記録だけでなく、メモで出来事や考えたことを自由に記録できます。日々の健康管理でぜひ活用してみてくださいね。
参考文献:
細井(2021). 「健康な人と変わらない人生」の ために 日本内科学会雑誌. 110. 711-715.
石井(2023). 2 型糖尿病のスティグマ―心理社会的視点から 糖尿病. 66(4). 237-239.
黒江(2022). 糖尿病におけるスティグマとアドボケイトとしての支援 ―他者への「言いづらさ」をふまえて 日本糖尿病教育・看護学会誌. 26(1). 79-83.
日本糖尿病学会 糖尿病診療ガイドライン2024 トピックス6 糖尿病とアドボカシー活動
田中(2022). どうして糖尿病患者さんのアドボカシーが注目されているのか 日本糖尿病教育・看護学会誌. 26(1). 85-89.