クリニック継承開業の流れとは?メリット、デメリットも解説
執筆はライター下田 篤男(管理薬剤師・薬局経営コンサルタント)が担当しました。
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「クリニックを開業したいけど、新規開業は不安だな・・・」
「継承開業ってどうなのかな」
クリニックを開業する上で一つの選択肢として注目されているのが、「クリニックの継承開業」です。
継承開業とは、既存のクリニックを譲り受け、新たなクリニックとして開業することです。一から新規に開業するよりは時間的、資金的な余裕が生まれることから、開業を目指す先生の間で注目される開業スタイルです。
そこで今回は、クリニック継承開業を深掘りします。開業の流れだけでなく、メリットやデメリットも説明しますので、クリニック開業を目指す先生はぜひ参考にしてください。
目次
クリニック継承開業について
クリニックの継承開業とは、すでに開業しているクリニックを引き継いで運営することを指します。ここでは実際の継承開業の流れについて解説します。
クリニックの継承開業とは?
クリニックの継承開業にはいろいろなケースがあります。
例えば、開業を希望する医師が親子など親族の中にいる場合は、クリニックの継承開業には、親族への譲渡が第一選択肢として存在します。
一方で、医師資格を持つ親族がいない場合、独立を希望する第三者の医師に事業を譲渡することが選択肢となりえるでしょう。
後継者がいない場合でも、第三者の医師がクリニックを継承することで、医療の専門性を維持しつつ、クリニックの事業継続を実現できます。
ここでは、第三者の医師が運営しているクリニックを継承する場合について解説していきます。
継承開業の流れ
クリニックの継承開業は以下のような流れで進めていきます。
・事業構想の策定
・専門家の選定
・継承候補先の選定
・継承候補先の内見、院長面談
・継承クリニックの確定
・継承クリニック側との条件交渉
・買収監査後、契約締結
・継承実行
・行政手続き、開業
事業構想の策定
クリニック継承を検討する際は、自分が開業したい場所や診療コンセプトなどの事業構想を先に考えておくことが大切です。
実際にどのクリニックを継承できるかは分からないため、事前に希望の条件を明確にしておくと、適切なクリニックを見つけやすくなります。
継承後の経営イメージもあらかじめ描いておくことで、スムーズにクリニック継承を進めることができるでしょう。
専門家の選定
クリニック継承を検討する際は、専門家に相談することをおすすめします。
例えば、クリニック経営専門のコンサルタントは、多くのクリニックの情報を持っています。
また、調剤薬局グループや、医療機関に医薬品を卸している医薬品卸会社なども取引先クリニックに後継者がいるかどうかを把握しているでしょう。
自分で探すよりも、専門家に相談し、条件に合ったクリニックを紹介してもらう方が効率的です。
また、専門家はクリニック継承の手続きや条件交渉などのサポートもしてくれるため、スムーズな交渉が期待できます。
まずは、信頼できる専門家と秘密保持契約書及び業務委託契約書を締結し、クリニック継承を進めていくとよいでしょう。
継承候補先の選定
お願いする専門家が決まれば、いよいよ継承候補先の選定です。
まず、継承したい地域や診療方針などの条件を専門家に伝えることで、候補のクリニックを紹介してもらえます。
この段階では、クリニックの名称や所在地、財務情報などの詳細は分からない「ノンネーム」と呼ばれる状態で提供されます。
その後、より詳細な情報が知りたい場合は、「ネームクリア」の手続きを行いましょう。
氏名や勤務先、医師経験などの継承希望者の情報を専門家に提供し、継承元の許可を得ることで、クリニックの詳細情報を入手できるようになるのです。
このように、専門家の支援を受けながら、ノンネームからネームクリアへと段階的に情報開示を進めることで、最適なクリニックを見つけることができます。
継承候補先の内見、院長面談
ネームクリアで希望する候補先が見つかると、次のステップはクリニックの内見や院長との面談です。
まず、クリニックの内装、雰囲気、医療機器などを実際に確認する内見をおこないます。内見することで、物件がイメージに合っているかを確認できます。
次は現在の院長先生との面談です。診療方針や経営状況などを院長から直接確認することで、継承後の運営がスムーズに行えるかを判断するのです。
継承クリニックの確定
内見で得たハード面の印象と、院長面談で得た経営状況や診療方針などのソフト面の印象を総合的に判断して候補を絞り込みます。
得られた情報を総合的に分析・検討した上で、自分の大事にしたい条件を満たすクリニックが最終的な継承先となります。
専門家の助言を踏まえつつ、最終的には自身の判断に基づいて選択を行うことが重要です。
継承クリニック側との条件交渉
継承希望先が決まったら、いよいよクリニック側との交渉です。
実際に現地で確認していく過程で、想定以上に内装や医療機器の老朽化が進んでいることが分かることがあります。このような場合、必要な修繕や買い替えにかかるコストを考慮し、継承対価の減額を継承元と交渉することになります。
その他にも、継承のタイミングや、既存スタッフに残ってもらえるかどうか、各種契約関係の調整など、様々な条件について双方で協議していきます。
これらの調整が整った段階で、合意された内容を盛り込んだ基本合意書を締結しておきましょう。
買収監査、契約締結
継承手続きの最終段階では、買収監査の実施と、その結果に基づく最終的な条件調整が行われます。
まず、基本合意書締結後に買収監査を実施します。継承先となるクリニックに大きなリスクがないか、財務情報の数字が適正であるかどうかなどを詳しく調査する目的でおこなうのが買収監査です。
ただし、個人経営のクリニックや小規模なクリニックの場合は、買収監査を省略することもあります。
買収監査の結果、クリニックに何らかのリスクや財務上の問題が発見された場合、契約の見直しをおこないます。
両者が納得できる形で条件を修正したのち、最終的な譲渡契約書を締結することになるのです。
継承実行
譲渡契約が締結されたら、いよいよ継承の実行です。
この契約書には、継承実行日に、対象となる建物や医療機器、医薬品の在庫などのクリニックの資産を後継者が受け取ることが明記されています。
後継者は、契約書に定められた対価を継承元に支払うと、継承の実行となります。
行政手続き、開業
クリニックの継承が完了しただけでは、すぐに開業できるわけではありません。後継者はさらに、いくつかの行政手続きが必要です。
まず、継承したクリニックの所在地を管轄する保健所に対し、診療所開設届を提出します。
そして、保健所の検査を受け、承認を得る必要があります。
また、保険診療をする場合は、所管の地方厚生局に対して、保険診療医療機関の指定申請をしなければなりません。
この指定を取得することではじめて、公的医療保険の適用を受けられるようになるのです。
継承開業のメリットとデメリットとは
ここからは、継承開業のメリットとデメリットを解説します。
継承開業のメリット
クリニックの継承開業は、一から自分のクリニックを新規に開業する場合と違って、以下のようなメリットがあります。
・初期費用を抑えることができる
・来院する患者さんを引き継げる
・事業計画を立てやすい
・開業準備期間が短い
初期費用を抑えることができる
クリニックの継承開業の最大のメリットは初期費用を抑えられるということです。
クリニック継承では、既存インフラや医療機器などの資産を引き継ぐため、新規開業の場合に比べて、開業に必要な初期費用を大幅に抑えることができます。
新規開業では、クリニックの建物から医療機器、備品類まで全てを新たに調達する必要があり、膨大な初期投資が必要です。
一方、継承開業の場合は、内装や医療機器等の既存インフラをそのまま引き継ぐため、建物の取得費や設備投資の大部分を省略できます。
このように、クリニックの継承は、既存の資産や運営ノウハウを活用できるため、開業に必要な初期投資を大幅に抑えられるというメリットがあります。
来院する患者さんを引き継げる
既存の患者層を引き継ぐ点も継承開業のメリットです。
新規開業の場合、患者さんを獲得するためには相当な時間と労力を要しますし、かける宣伝広告費も高くなるでしょう。継承開業の場合はそうした初期投資を節約できます。
また、既存の患者さんは、クリニックに慣れ親しんでいるため、継承後もそのままクリニックを利用してくれるはずです。
この既存の顧客基盤を活かすことで、開業当初から一定の診療収入を安定して確保できます。
さらに、患者さんの視点からも、後継問題をかかえていたクリニックが存続することは大きなメリットとなります。
地域になくてはならない存在として信頼され続けられるため、地域医療への貢献にもつながるでしょう。
事業計画を立てやすい
クリニックを新規に開業する場合、来院患者数や売上、必要な費用などがどのようになるかは不透明です。
地域や診療科目、競合状況など、様々な要因が影響するため、事前に正確な見通しを立てるのは難しいのが実情です。
一方、クリニック継承の場合は実績のあるクリニックを引き継ぐため、これまでの患者数、売上、必要経費といった経営実績データを把握することができます。
これらの数値を分析することで、継承後の事業見通しを比較的正確に立てることが可能です。
初期投資の見積もりから収支予測まで、実績に基づいて検討できるため、経営のリスク管理も容易になります。
このように、継承開業は新規開業に比べて、事業計画が立てやすいのが大きな強みなのです。
開業準備期間が短い
クリニックの継承開業は、新規開業と比べてかなり早期に開業できるというメリットがあります。
一般的に、クリニックの新規開業は、医療設備の整備や人員の確保など多くの時間が必要です。
一方で、クリニックの継承開業では、既存の医療設備やインフラが整っており、患者さんもあらかじめ確保されているため、比較的スムーズに診療を開始できます。
また、既存のスタッフを引き継ぐ場合は、即戦力を確保できる点も大きなメリットです。
新規開業では、経験豊富な人材を確保するのが難しい中、継承開業では即戦力が得られるのは大きな強みといえます。
さらに、地域との関係性もすでに構築されているため、地域に速やかに浸透できます。新規開業では、地域との信頼関係を築くのに時間を要しますが、継承開業ではその土台がすでに用意されているのです。
このように、継承開業では、既存の医療資産や地域との関係性を活用できるため、新規開業と比べてはるかに短期間で開業を実現できるのが大きな特徴です。患者さんの不安を最小限に抑えつつ、早期の事業立ち上げが可能となるのが、継承開業の大きなメリットなのです。
継承開業のデメリット
多くのメリットがあるクリニックの継承開業ですが、デメリットについても把握しておく必要があります。
注意したいデメリットは以下の通りです。
・建物や医療機器の老朽化が想定以上
・前院長やスタッフとの関係性
・資産や負債などが不透明な場合
建物や医療機器の老朽化が想定以上
クリニックの継承開業には、確かに大きなメリットがあります。しかし、一方で老朽化が進行しているクリニックを引き継ぐ場合には、注意が必要です。
長年にわたって運営されているクリニックの中には、建物や設備の老朽化が深刻な状況にあるところも少なくありません。
このような場合、大規模な修繕や改築が必要となり、継承開業時の大きな課題となるでしょう。
事実、継承を検討しているクリニックの中には、建物の老朽化が深刻な状況にあるケースも散見されます。最悪の場合、建物全体の大規模な改修や、新しい建物の建設といった、大掛かりな整備が必要となるでしょう。
このように、継承開業にはメリットが大きい一方で、建物の老朽化という課題も存在します。継承の検討に当たっては、このような点にも十分な注意を払う必要があるのです。
前院長やスタッフとの関係性
クリニックの継承開業において、前院長やスタッフとの関係性は大きな課題となる可能性があります。
まず、前院長との関係性が重要です。事業を引き継ぐ際には、両者の信頼関係が不可欠です。
前院長に何らかのポジションを与えて、継承後もクリニックに残留する場合など、後継者との価値観や運営方針の違いから対立が生じる恐れもあります。
このような事態に備え、後継者は前院長との円滑な引き継ぎ方法を事前に検討しておく必要があります。
また、クリニックのスタッフとの人間関係にも注意が必要です。長年勤めてきたクリニックスタッフは、クリニックの中核を担う存在となるでしょう。
しかし、新しい院長のもとでスムーズに業務を引き継げない可能性もあります。スタッフとの信頼関係を築き、新体制への移行を円滑に進めることが後継者の課題となります。
さらに、患者さんとの関係性も重要です。前院長や長年勤めているスタッフは、地域に根付いた信頼を得ている場合が多いでしょう。
後継者はこれらの関係性を壊すことなく、患者さんの不安を和らげながら、自身の運営方針を浸透させていかなければなりません。
資産や負債などが不透明な場合
クリニックの継承開業においては、継承元のクリニックの資産と負債の状況が不明確であることが大きなデメリットとなる可能性があります。
新しい経営者である後継者にとって、前任者の財務状況を正確に把握することは非常に重要です。
しかし、長年の経営を経てきた既存のクリニックでは、その記録や明細が必ずしも十分に整備されているとは限りません。
例えば、過去の借入金の残高や返済状況、未払いの税金や社会保険料などの負債、さらには、建物や医療機器などの資産の価値や減価償却の状況など、重要な財務情報が不透明な場合があります。
これらの情報が十分に把握できないままでは、継承後の経営を的確にコントロールすることは困難となります。
加えて、前任者の保有する不動産や有価証券などの資産情報も、しっかりと精査することが必要です。これらの資産が適切に継承されなければ、後継者にとっては大きな負担となる可能性があります。
継承開業を成功させるコツとは
クリニックの継承開業は、新規開業と比べるとスピード感があることや、初期費用を削減できることなどメリットが多い一方で、注意したいデメリットもあります。
ここからは、デメリットを最小化し、クリニックの継承開業を成功させるコツを解説します。
契約関係の曖昧な点を解消しておく
クリニックの継承開業を検討する際には、まずは前の経営陣の財務状況を徹底的に調査し、資産と負債を明確にし、継承契約において曖昧な点を解消する必要があります。
これにより、継承後の経営計画を適切に立案し、リスクを最小限に抑えることができるのです。
また、前院長を含めスタッフを引き続き雇用する場合は、新たに雇用するスタッフとの間に軋轢が生じないように、雇用条件などを精査し、齟齬がないようにする必要があります。
特に、前院長が残留する場合は、経営権や指揮系統の統一などの権限が、後継者に移譲していることを明確にしておかなければなりません。
建物、機器等のチェックは入念に
継承開業を検討する際には、クリニックの建物や医療機器の状態を事前に十分に確認しておくことが重要です。
建物や機器の老朽化の程度を把握し、その対策費用を見積もったり、継承時にその費用を補填してもらったりなどの対策を立てておきましょう。
継承開業の際の課題を事前に把握し、円滑な引き継ぎを実現するためには、ハード面の入念なチェックは何より重要です。
診療圏調査もしっかり行う
クリニックの新規開業で必要な診療圏調査ですが、継承開業時も念のため実施しておくとよいでしょう。
万が一近隣に競合クリニックがある場合は、院長が変わることで患者さんが離れてしまう可能性もあります。
想定通りの患者数に到達しない場合もありますので、専門家に相談して善後策を検討してください。
デジタルソリューションの活用で患者満足度を高める
これからのクリニックにとって、デジタルソリューションの活用は集患対策において非常に有効な手段となります。
特に、PHR(Personal Health Record)の活用に注目が集まっています。
PHRは、患者さん自身が健康データを記録・管理できるツールです。診察前に患者さんがPHRに蓄積した血糖値や血圧のデータを確認することで、医療スタッフは事前に情報を把握できます。これにより、問診時間の短縮や、より効率的な診療が実現できます。
さらに、PHRには食事写真や運動記録などの情報も含まれます。この情報を活用すれば、医療スタッフはきめ細やかな栄養指導や療養指導を行うことができます。患者さん一人ひとりの状況を把握しながら、きめ細やかなサービスを提供できるのです。
このように、PHRの活用は、クリニックが集患力を高める上で、非常に有効な手段となります。患者さんの健康データを可視化し、診療の効率化と患者満足度の向上を同時に実現できるのが、PHRの大きな魅力といえるでしょう。
クリニックが今後、効果的な集患対策を検討する際には、ぜひデジタルソリューションの一つであるPHRに注目していくべきです。
実際にPHRを導入することで、患者さんの治療に役立てている事例を紹介します。
参考記事:体重コントロールと栄養指導の継続率向上~患者さんのやる気を引き出す秘密とは~医療法人 緑風会みどりクリニック健診センター長 阿比留 教生 先生
まとめ
クリニックの継承開業は、すでにある建物や医療機器を使えることが期待でき、新規開業と比べてスピード感があり、初期費用も抑えられるというメリットがあります。
ただし、想定以上に施設の老朽化が進んでいたり、前体制との関係性がよくなかったりなどのデメリットもありますので、契約を曖昧にせず、資産の調査もしっかり行って継承するようにしましょう。
開業後は、前体制の患者さんを引き継ぐこともでき、事業計画も立てやすいでしょう。
PHRなどのデジタルソリューションを導入し、患者満足度を高めることで順調なクリニック経営ができるはずです。
参考文献:
関東信越厚生局HP「保険医療機関・保険薬局の指定等に関する申請・届出」