【医師監修】2023年高齢者糖尿病診療ガイドラインと糖尿病標準診療マニュアルの変更点を理解する~
当記事は、内科認定医・糖尿病専門医 古賀 萌奈美先生にご監修いただきました。
執筆はライター下田 篤男(管理薬剤師・薬局経営コンサルタント)が担当しました。
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2023年は糖尿病のガイドラインについて大きな変更がありました。糖尿病標準診療マニュアルが毎年春に改訂されるのに加え、高齢者糖尿病診療ガイドラインが改訂されたのです。
そこで、今回はこの2つのガイドラインの改訂について紹介し、糖尿病治療のトレンドについて解説していきます。
目次
2023年糖尿病に関するガイドライン等の改訂について
近年、新しい研究結果の発見やデジタルツールの開発などにより、糖尿病治療が日々進化しています。
この日進月歩のトレンドをフォローすべく、一般診療所、クリニック向けの糖尿病治療のガイドラインとなる「糖尿病標準診療マニュアル」は、毎年4月に改訂されています。2023年5月には、6年ぶりに「高齢者糖尿病診療ガイドライン」が改訂されました。
認知症やサルコペニアなど高齢者糖尿病患者特有の事情も加味した、より実践的なガイドラインへと生まれ変わったのです。
ここからは、この2つのガイドラインについて分析し、今後の糖尿病治療の展望を解説していきます。
糖尿病標準診療マニュアル2023について
まず、糖尿病治療のマニュアルとして毎年改訂されている、糖尿病標準診療マニュアルについて解説していきます。
このマニュアルの位置づけや意義、概要についても紹介しますので、普段糖尿病の患者と接する機会の多い先生はもちろん、これから糖尿病治療に関わる方もぜひ参考にしてください。
糖尿病標準診療マニュアル2023の重要な変更点
毎年改訂されている糖尿病標準診療マニュアルですが、2023年度の改訂はどのような内容だったのでしょうか。
ここからは、糖尿病標準診療マニュアル2023の主な変更点について紹介していきます。
今回の改訂では、eGFR値や腎関連エビデンスを反映させ、以下4点の推奨変更・追加が行われました。
※糖尿病標準診療マニュアル2023より抜粋
ビグアナイド薬の休薬期間の緩和
・eGFR<60mL/分/1.73㎡または不明:造影剤使用48時間前(緊急の場合を除く)から48時間後まで休薬。腎機能の悪化が懸念される場合にはeGFRを測定し腎機能を評価した後に再開。
・eGFR≧60mL/分/1.73㎡:造影剤使用当日から48時間後まで休薬。
ヨード系造影剤使用(血管内投与)時にビグアナイド薬を服用していると、乳酸アシドーシスのリスクが高まる懸念があります。
そのため、2022年版まではヨード系造影剤使用48時間前からの休薬が推奨されていました。
しかし、腎機能が正常であればそのリスクが増加する可能性は非常に低いことが判明したため、国内外のガイドラインに倣い、上記の通り休薬期間が変更になりました。eGFR<30mL/分/1.73㎡では、ビグアナイド薬はそもそも投与禁忌です。
SGLT2阻害薬の開始・継続条件の変更
・eGFR<15mL/分/1.73㎡では新規に開始しないこと
・継続投与してeGFR<15mL/分/1.73㎡となった場合には、副作用に注意しながら継続すること。
・腎不全と透析例には使用しないこと。
糖尿病性腎症の新規治療薬追加
フィネレノンは、プラセボと比較したランダム化比較試験(RCT)で腎・心血管イベントの統計学的に有意なリスク低下が実証されたことを反映しています。
ただし、eGFRが低下する可能性があることから、eGFR 25mL/min/1.73m2未満の患者には慎重投与となっています。
また、日本人部分集団では評価項目の腎不全、腎複合エンドポイントにおいてプラセボに対するハザード比が1を上回っています。試験の対象となった全体集団と比べて日本人では本剤の腎不全への進展抑制効果が弱い可能性があります。
絶対リスク低下はいずれも大きい数値とはいえないので、過剰に期待を寄せることは禁物です。
フィブラート処方例の変更
2022年版までフィブラート処方例として挙げられていたのはフェノフィブラートでしたが、2023年版からはペマフィブラートが挙げられています。フェノフィブラートは腎機能低下している場合は投与禁忌ですが、ペマフィブラートは慎重投与が可能だからです。両者ともスタチン系への上乗せ投与は心血管疾患リスク低下につながらないことがRCTで実証されています。
しかしながら、非空腹時TG値の上昇はコレステロール値と独立して、突然死・心筋梗塞・狭心症を増加させるとの報告もあります。膵炎予防の観点からも、高TG血症が生活習慣改善後も持続する場合には治療介入が推奨されます。
以上、2023年版糖尿病標準診療マニュアルの主な変更点を紹介してきました。今回は腎機能についてのエビデンスが蓄積されてきたことが反映された結果といえるのではないでしょうか。
糖尿病標準診療マニュアル2023の概要
糖尿病標準診療マニュアル2023は、日本糖尿病・生活習慣病ヒューマンデータ学会によって毎年4月に改訂されます。最新版は学会のホームページから無料でダウンロードできます。
このマニュアルは「糖尿病治療のエッセンス」(日本医師会)、「糖尿病治療ガイド」「糖尿病診療ガイドライン」(日本糖尿病学会)などとの併用を推奨するものであり、それらへの橋渡しとなることを目的としています。
しかしながら、この糖尿病標準診療マニュアルは、病診連携を推進する観点から有用性を重視して作成されました。
つまり、このマニュアル単体で活用したとしても、一般診療所・クリニックにおける糖尿病患者診療の質の向上につながることが期待されているのです。
糖尿病標準診療マニュアル2023は、糖尿病治療の流れをわかりやすく説明しています。
初診時の留意点や、検査での糖尿病判定基準などを明確に定義しているため、専門医でなくてもある程度の診断が可能となっています。
高齢者糖尿病診療ガイドラインの改訂
毎年改訂される糖尿病標準診療マニュアルに加え、今回は6年ぶりに高齢者糖尿病診療ガイドラインが改訂されました。
ここからは、今回のガイドライン変更の背景や重要点について解説していきます。
高齢者糖尿病診療ガイドラインの概要や、高齢者の糖尿病患者を治療する上での注意点についても触れていきますので、特に高齢者の患者と接する機会の多い先生はぜひ参考にしてください。
6年ぶりの改訂の背景、変更点とは
2023年5月、「高齢者糖尿病診療ガイドライン2023」としてガイドラインが6年ぶりに改訂されました。
2017年版では触れられていなかった、 SGLT2 阻害薬や GLP‑1 受容体作動薬をはじめとする、新たな糖尿病治療薬の合併症などに関するエビデンスが得られました。
また、糖尿病の食事療法に関する考え方の大きな転換があり、これらを踏まえた高齢者糖尿病診療ガイドラインの改訂が必要となってきたため、今回6年ぶりに改訂されたのです。
ここからは、6年ぶりに改訂された高齢者糖尿病診療ガイドラインの重要な変更点について紹介していきます。
※高齢者糖尿病診療ガイドラインより抜粋
高齢者糖尿病の併存疾患追加
・認知症
・フレイル
・サルコペニア
・悪性腫瘍
・心不全
高血糖・低血糖自体が、フレイル、サルコペニアの危険因子であるとされます。また、そのほかの多様な併存疾患があることから、multimorbidity(多疾患併存)によるポリファーマシー(多剤投与)も新たな問題として提起されています。
運動療法、食事療法が糖尿病のみならず認知機能やフレイルにも良い影響を与える
・フレイル・プレフレイルを有する高齢者糖尿病における栄養状態を適正に保つ食事療法と、レ ジスタンス運動は身体機能を改善する。
・減量を目的とした食事療法と運動療法の介入では、身体機能、うつ、QOL、尿失禁、フレイル、健康寿命は改善する。
SGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬による高齢者糖尿病治療
・SGLT2阻害薬は高齢者糖尿病の複合腎イベントを抑制する可能性がある。
・高齢者糖尿病で GLP-1 受容体作動薬は心血管イベントを抑制し、複合腎イベントを抑制する可能性がある。
インスリン治療の単純化を記載
・頻回注射による強化インスリン療法を避けることを推奨。
・インスリン注射回数 や中止を含めたレジメンの単純化、血糖コントロール目標の緩和、インスリン投与量の固定など、複雑なインスリン治療の負担を可能な限り軽減することを推奨。
頻回な注射およ び自己血糖測定、その結果に応じたインスリン用量調整などは、特に視力および ADL 低下のある高齢者のセルフケアの大きな負担になりやすいと考えられます。結果としてQOL 低下につながりやすいのです。
経口血糖降下薬を併用し、1日1回の持効型インスリンのみにすることが治療の単純化となります。注射回数を1回にしても血糖コントロールは変わらない、もしくは改善し、インスリンの単位数が減ることで低血糖が減ることも報告されているため、低血糖回避という観点からも有用です。
ただし、1型糖尿病などインスリン依存状態の方では強化インスリン療法の継続が必要です。
高齢糖尿病患者の利用できる社会サービスの活用
・高齢者糖尿病をサポートする社会制度に関する情報
高齢糖尿病患者の利用できる社会サービスについても明記されています。高齢糖尿病患者はさまざまな支援が必要となることが多く、それに対応するサービスも訪問 栄養指導、訪問薬剤指導、訪問看護などさまざまです。
そのサービスの中核に地域包括支援センターがあり、各地域で利用できるサービスを確認することができます。
フレイルや認知症などの併存疾患に対するサポートも地域包括支援センターに相談することができます。
このように、高齢者特有の悩みに関するサポートの活用に関しても、ガイドラインに明記されるようになりました。
認知・生活機能質問票(DASC-21)を掲載
・血糖コントロール目標を設定するためのカテゴリー分類を行うことができる認知・生活機能質問票(DASC-21)の掲載。
高齢糖尿病患者では認知機能低下や認知症が起こりやすい事が特徴です。
認知機能低下発見の手がかりとするため、まず本人と介護者からの問診で以下のようなエピソードを聴取する必要があります。
・手段的 ADL低下(買い物,服薬管理,金銭管理など)
・セルフケア障害
・意識意欲低下
・抑うつ
・知的活動低下
上記のような複合的な認知機能を評価できる検査がDASC‑21なのです。
高齢者糖尿病診療ガイドラインとは
高齢者糖尿病診療ガイドラインは、2017年5月に日本老年医学会と日本糖尿病学会の合同作業により誕生しました。
高齢化によって、高齢の糖尿病患者が増えてきました。疾患としての糖尿病を診療するというだけでなく、糖尿病を抱える高齢患者の診療という視点の重要性を認識する必要があったため、高齢者糖尿病診療ガイドラインが策定されたのです。
高齢者の糖尿病で意識する点とは
では、高齢の糖尿病患者を診察する上で、どのような点に注意する必要があるのでしょうか。
ここでは、高齢の糖尿病患者の特徴に触れながら、診療する際の注意点を紹介していきます。
私たちの体は年齢を重ねると、視力や聴力などの感覚機能や筋力を含めた運動機能、心臓や呼吸の機能などが低下してきます。膵臓から出ているインスリンの分泌も同様で、加齢とともに減少してしまうのです。
筋肉量の低下や内臓脂肪の増加、運動量の低下などから、インスリンの効果そのものも低下し、結果として糖尿病を発症する割合が増加します。
高齢の方が糖尿病の治療に取り組む際には、からだの特徴に合わせた目標を設定し、安全を念頭においた治療方針を決める必要があるのです。
高齢の糖尿病患者は、加齢によるインスリンの追加分泌の低下、インスリン分泌の遅延、内臓脂肪蓄積、筋肉量減少によるインスリン抵抗性の増大、身体活動量の低下などにより、食後の血糖が高くなる傾向にあります。
その一方で、高齢者糖尿病では腎機能や肝代謝(肝のシトクロムP450 酵素活性)などが低下した例が多いため、薬物有害事象が出現しやすく、経口血糖降下薬の薬物相互作用にも注意する必要があります。
また、高齢者の低血糖は自律神経症状である発汗、動悸、手のふるえなどの症状が減弱します。一方で神経糖欠乏症状と言われる頭がくらくらする、体がふらふらする、動作がぎこちない、めまい、脱力感、ろれつ不良、目がかすむなどの非典型的な症状を呈することが多く、重篤な低血糖を来しやすくなります。さらには、重症の低血糖は転倒・骨折や、認知症、心血管疾患の発症につながるといわれています。
またその他、脳梗塞や虚血性心疾患、下肢末梢動脈疾患になる頻度が高い一方で、これらの症状が出にくいこともあるので注意が必要なのです。
まとめ
今回は、2023年に改訂された糖尿病標準診療マニュアルと高齢者糖尿病診療ガイドラインについて解説してきました。
いずれも糖尿病患者の診察に有用なガイドラインとなっており、普段の治療に役立てることができる内容となっています。
糖尿病の治療は日進月歩で、常にそのトレンドを把握しておくことは非常に重要です。
糖尿病標準診療マニュアルでは、主に腎機能のエビデンスが反映された改訂となっています。特に、今まではヨード系造影剤検査前は一律48時間ビグアナイド薬は休薬する必要がありましたが、eGFR値によってその期間が緩和されるようになりました。
高齢者糖尿病診療ガイドラインでは6年ぶりに改訂されたこともあり、蓄積されたエビデンスによる追加が多いためしっかりフォローしておく必要があります。
今回は高齢糖尿病患者特有のフレイルや認知症などの併存疾患にも言及されています。今後も糖尿病患者の高齢化は進むことが想定される以上、このガイドラインを遵守し、診察にあたることが重要ではないでしょうか。
参考文献
- 糖尿病標準診療マニュアル2023(一般社団法人日本糖尿病・生活習慣病ヒューマンデータ学会)
- 高齢者糖尿病診療ガイドライン(一般社団法人 日本老年医学会)