糖尿病治療のモチベーション維持とクリニカルイナーシャの回避
執筆はライター下田 篤男(管理薬剤師・薬局経営コンサルタント)が担当しました。
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「糖尿病を持つ方の血糖マネジメントを改善したいんだけど、なかなかうまくいかない」
「患者さんの糖尿病治療に対するモチベーションを維持したいんだけどな」
このように、糖尿病を持つ方の治療に対するモチベーションを維持し、血糖マネジメントを良好に保つためにはどうすればよいか悩んでいる方は多いのではないでしょうか。
2型糖尿病の方と糖尿病内科医を対象に行なわれた血糖マネジメントに関するインターネットリサーチによれば、2型糖尿病の方の4割が「血糖マネジメントが不十分」と実感しています。
この調査の結果、血糖マネジメントを良好にしていくには「糖尿病を持つ方側のモチベーション向上」と「医師側のクリニカルイナーシャ回避」が重要であることが示されました。
そこで今回は糖尿病治療における糖尿病の方のモチベーションの維持と、医療機関側のクリニカルイナーシャを回避する具体的な方法を解説します。
糖尿病の方に関わる先生はもちろん、コメディカルの皆様もぜひ参考にしてください。
目次
なぜ多くの糖尿病をもつ方が血糖マネジメントが不十分と感じるのか
まずは、なぜ血糖マネジメントがうまくいっていなと感じるのかを検証していきます。
原因は糖尿病がある人の側にも医師側にもある?
結論からいえば、糖尿病を持つ方の側にも、医師側にも血糖マネジメントが不十分になってしまう原因があります。
血糖マネジメントがうまくいかない要因としてまず考えられることといえば、糖尿病を持つ方が食事療法、運動療法を十分に実施できていないということです。
実際に、調査結果でも糖尿病の方は食事を気にかけたり、適度な運動を行ったりできていないと考えている方が多いことが明らかになっています。
では、医師側は、糖尿病を持つ方の血糖マネジメントが不十分になってしまう要因をどう考えているのでしょうか。
調査によれば、糖尿病を持つ方の血糖マネジメントを適切に行うために必要なこととして、「糖尿病がある人のライフスタイルなどの把握」や「適切に治療を行うこと」、「糖尿病のある人が治療について理解してくれること」、「糖尿病がある人の治療へのモチベーションの維持」「クリニカルイナーシャ」の回避などを挙げています。
医師側は、患者さんの日々の生活を把握することの難しさや、クリニカルイナーシャを問題と考えているようです。
糖尿病を持つ方側の治療へのモチベーションが上がらない
糖尿病を治療する上で食事療法や運動療法は重要ですが、これらの治療を継続することは大変です。
ずっと治療を継続しなければならないことにストレスを感じてしまうこともあります。
また、仕事や育児が忙しくて食事が不定期になったり、運動する時間がとれなかったりなどできちんと治療をできないことをストレスに感じることもあるでしょう。
その他にも、医師の指示通り治療を続けているのに、期待していたような血糖マネジメントができていない場合なども、治療を継続することに虚しさを感じてしまう事もあるはずです。
このような状況で、治療に対するモチベーションを維持することは難しいのではないでしょうか。
医師側も踏み込んだ治療を躊躇してしまう
治療へのモチベーションが低下しつつある糖尿病の方に対して、医師側もどのよいうにアプローチしていけばよいかを躊躇してしまう場合があります。
血糖マネジメントが不十分な糖尿病の方に対して、新たに治療薬を追加したりすることに抵抗を感じる先生も多いでしょう。
糖尿病の方に食事や運動療法のアドバイスをすることで、糖尿病の方を不安にさせてしまうのではと考えてしまう先生もいらっしゃるかもしれません。
このような新たな治療提案を躊躇することが、結果的に糖尿病の方の血糖マネジメントを不十分なものにしてしまうのです。
糖尿病を持つ方の治療へのモチベーション維持
ここからは、糖尿病を持つ方側と医師側双方の要因を深堀りし、解決策を提示していきます。
まず、糖尿病の方の治療へのモチベーションについて解説していきましょう。
なぜ糖尿病がある人の治療へのモチベーションが上がらないのか
なぜ糖尿病がある人の治療へのモチベーション維持は難しいのでしょうか。
まず、糖尿病の方が自身の病状や合併症などの影響についての理解不足が挙げられます。
合併症などが発生しない限り、糖尿病で自覚症状が現れることは多くありません。
自覚症状が現れない以上、糖尿病の方がなぜ治療が必要なのかを理解することは難しいのです。
しかし、糖尿病は何も治療をしなければ腎症や神経障害など重篤な合併症を引き起こす可能性があります。糖尿病の方には、治療をせず放置しておくことの危険性を認識してもらう必要があります。
その上で、血糖マネジメントが良好であれば、糖尿病のない人と変わらない日常生活を送ることができるということを知れば、治療に対するモチベーションを引き上げることもできるかもしれません。
次に、治療の負担が大きいことです。
糖尿病治療では食事療法や運動療法など生活習慣の改善を軸とする治療法が重要な役割を担います。しかし、日々の生活習慣を変えることは容易ではありません。
さらに、注射薬や内服薬など医療費の負担も大きいことで知られています。
このような治療の負担を少しでも軽減したり、治療の効果を実感したりできる環境を整えることで、患者さんのモチベーションの維持につながる可能性があります。
治療へのモチベーションを維持するためには
治療へのモチベーションを維持してもらうためのポイントは、「患者さん個々人の生活背景を加味した、適切な治療計画の策定と実行」と「患者さんの小さな行動変化を褒め、承認すること」の2つと言われています。
多くの糖尿病の方は、食事療法や運動療法の重要性は理解しています。
しかし、治療に対するストレスやライフスタイルの変化等で、治療を継続することが困難になる場合があるのです。
日々の生活習慣と密接にかかわる食事療法や運動療法の実施を継続してもらうには、個々人の生活背景に即した治療法を提案していくことが重要となります。
糖尿病の方としっかりとコミュニケーションをとり、現実的な治療目標を設定することで、治療へのモチベーションを引き上げることができるでしょう。。
そして、治療を進めていく中での患者さんの小さな努力や行動の変化を捉えて、積極的に褒めて承認していくことで、さらなる行動変容のモチベーションを向上させることができます。
食事療法や運動療法はひとりで継続することは簡単ではありません。患者さんと医療従事者が二人三脚で取り組んでいくことで、治療の継続率を向上させることができます。
医師のクリニカルイナーシャの回避
糖尿病を診察する医師も、様々な理由で糖尿病の方への踏み込んだ治療アプローチを躊躇してしまう場合があります。
このように、「治療目標が達成されていないにも関わらず、治療が適切に強化されていない状態」をクリニカルイナーシャ(臨床的惰性)と呼びます。
ここからは、血糖マネジメントを悪化させるもう一つの要因、クリニカルイナーシャについて解説していきます。
クリニカルイナーシャはなぜ起こるのか
そもそも、クリニカルイナーシャはなぜ起きてしまうのでしょうか。
まず、クリニカルイナーシャはいろいろな原因が組み合わさって引き起こされるということを知っておく必要があります。
例えば、なかなか血糖マネジメントがうまくいかず、糖尿病を持つ方のHbA1cが大幅に上がってしまった場合を考えましょう。
通常であれば、内服薬の増量、追加や注射剤の追加などを行い、血糖マネジメントを改善しようとした方がよいと考えるでしょう。
しかし、先生によっては、糖尿病を持つ方の医療費が増えてしまうから、とか、糖尿病の方が抵抗感を示すのではないかと考え、処方薬の追加を見合わせ、食事療法や運動療法の再徹底をアドバイスし、経過観察とする場合があります。
果たして、この方は食事療法や運動療法をしっかりと行うでしょうか。
そもそも治療に対して前向きであれば、普段から食事療法や運動療法も行っているはずです。
このように適切なタイミングで治療の強化を行わないことも、クリニカルイナーシャといえます。
おそらく、このまま何も変更せずに治療を続けたところで、この方の血糖マネジメントは改善することはないでしょう。
治療結果も出ないので、この方のモチベーションもますます低下していくのではないでしょうか。
クリニカルイナーシャは、血糖マネジメントの不良を助長させ、結果的に合併症のリスクを引き起こす原因となってしまうのです。
クリニカルイナーシャを回避するためには
このようなクリニカルイナーシャを回避するためには納得感をもった治療目標の設定や治療方針の決定・説明といった患者さんと医療従事者の双方向のコミュニケーションが重要な要素であると言われています。。
先ほどの事例では、糖尿病の方としっかりとしたコミュニケーションを取らないまま、効果の出ていない治療を続けることで、血糖マネジメントがより困難な状況になっていってしまうことが予想できます。
この局面で、この方としっかりコミュニケーションを取る事で、治療の強化が提案できたとしたらどうでしょうか。
その上で、この方も納得して治療を継続してもらえれば血糖マネジメントを改善することができるかもしれません。
運動療法や食事療法に関しても、同じことがいえます。
治療が停滞してしまっている方に、ただ闇雲に運動療法や食事療法の有用性を伝えたところで、治療へのモチベーションをあげることはできないでしょう。
ここで、糖尿病の方としっかりとコミュニケーションをとり、なぜ治療が停滞してしまっているのかの原因を探ります。
糖尿病を持つ方のライフスタイルを把握し、実現可能な食事療法や運動療法を検討し、提案することもできるはずです。管理栄養士や理学療法士を巻き込んで、多職種連携で最適な治療法を策定することもでき流でしょう。
ただ漫然と同じ治療を続けるのではなく、糖尿病を持つ方の生活環境や悩みに寄り添い、向き合うことで最適な治療法を策定し、実行することが重要です。
クリニカルイナーシャを回避するために、糖尿病を持つ方とのコミュニケーションを見直すことから始めるとよいのではないでしょうか。
血糖マネジメントに有効なデジタルソリューション
ここまでは、糖尿病がある人の治療へのモチベーションを引き上げることや、医師側のクリニカルイナーシャを回避することが血糖マネジメントを良好に保つ方法であることを述べてきました。
この二つの方法を実現させるためには、医師が、糖尿病を持つ方の症状や、ライフスタイルなどの背景や治療への悩みなどを把握する必要があります。
しかし、普段の診察で、糖尿病の方とコミュニケーションを取るだけで全てを把握するには限界があります。
例えば、通院時の血液検査データだけで、糖尿病を持つ方の普段の血糖マネジメントを正確に把握することはできません。
食事療法や運動療法に関する実施状況も、糖尿病がある人の自己申告になるため、治療状況を正確に把握することも難しいでしょう。
ここで、PHRなどのデジタルソリューションを活用することで、医療機関側でも糖尿病を持つ方の血糖マネジメントや、食事療法や運動療法の実施状況を確認することができます。
血糖マネジメントにPHRを活用することで糖尿病を持つ方の治療へのモチベーション維持に寄与している臨床現場での事例もございますので、是非参考にしてみてください。
参考記事:PHRは今の時代に合っていると思います ともながクリニック糖尿病・生活習慣病センター院長 朝長修先生
このように、PHRを活用することで、医療機関側と患者さんが双方向で繋がることによって治療へのモチベーション維持とクリニカルイナーシャの回避につなげることができるでしょう。
まとめ
今回は血糖マネジメントに必要な糖尿病を持つ方の治療へのモチベーションの維持とクリニカルイナーシャの回避方法について解説しました。
糖尿病は症状が悪化し合併症が出てくるまで、自覚症状が出ないことも多く、なかなか治療へのモチベーションを維持しにくいのが特徴です。運動や食事を意識することが大切だとわかっていても、地道に治療を続けることはストレスになることも多いです。
また、糖尿病の方が抵抗を示すのを嫌い、治療目標に達していなくても漫然と同じ治療を続けてしまうクリニカルイナーシャに陥ってしまう医師も多いです。
治療へのモチベーションを引き上げ、クリニカルイナーシャを回避するには医師と糖尿病の方との双方向性のコミュニケーションが重要です。これを実現するために、PHRなどのデジタルソリューションの活用は有効です。
まずは、しっかりと医師と糖尿病の方双方がコミュニケーションをとり、糖尿病治療に向き合う環境作りを実現させましょう。
参考文献
「2型糖尿病の血糖コントロールに関する調査」2022 年 8 月 29 日 株式会社マクロミル