【医師監修】医療DX令和ビジョン2030とは?~医療情報の有用性とPHR~
当記事は、内科認定医・糖尿病専門医 古賀 萌奈美先生にご監修いただきました。
執筆はライター下田 篤男(管理薬剤師・薬局経営コンサルタント)が担当しました。
*シンクヘルスブログ監修・執筆者情報一覧はこちらをご覧ください
「医療DXって言葉を最近よく聞くようになったけど、イマイチどういうことなのかがよくわからない」
「医療分野もデジタル化が進んでいくんだろうけど、自分の病院は今後どう対応していけばいいのだろう」
そんな風に考えている人も多いでしょう。
そんな中、2022年5月自由民主党政務調査会より、「医療DX令和ビジョン2030」と題した提言がなされました。
DXとはデジタルトランスフォーメーションの略語です。データやデジタル技術を用いて、業務のプロセスや枠組みを変えていくことを指します。
特に全国医療情報のプラットフォーム化、電子カルテ情報の画一化、診療報酬改定DXの3本の柱は、今後の医療情報のあり方を大きく変えると考えられています。
そこで今回の記事では、自民党が打ち出した「医療DX令和ビジョン2030」について解説していきます。
医療情報のデジタル化や、利用については医療関係者であれば知っておくべき課題です。目の前の患者さんを診るだけでなく、その患者さんが持つ医療情報を正しく活用していくためにも、ぜひ参考にしてください。
目次
医療DX令和ビジョン2030とは
医療分野は、DX化が遅れている分野といえます。そもそも日本は高齢化社会です。
患者さんは、疾患別に複数の病院にかかっていることも多く、それぞれの病院で同じ検査や同じ診察を受けていることもあります。服用薬に関してもおくすり手帳で管理していればまだいいですが、病院ごとにおくすり手帳を変えていたりすることもあり、同じ薬を別の医院で処方されてしまうこともあるでしょう。
このように、患者情報や服用薬情報が医院や調剤薬局ごとにバラバラになっている場合、余計な手間や時間、コスト、検査や処方薬の重複が発生します。非常に効率が悪く、医療経済上も医療費を増大させることにつながります。
また場合によっては、薬剤の過剰服用や併用禁忌に気づかない場合もあり、患者さんに重篤な健康被害を与えてしまう場合もありえるのです。
もちろん、医療機関においては、電子カルテが導入されつつありますし、調剤薬局には電子薬歴が導入されるようになっています。ただし、いずれの場合も基本的には単一の施設内での利用にとどまっています。
そのため、患者の診断・治療への活用や健康管理、医療連携、医薬連携、薬薬連携、医学薬学分野への研究開発は限定的となっているのが現状です。
近年は、スマホ、タブレットやウェアラブル端末などで使用できるアプリの普及などに伴い、自身の健康情報を自己管理するという意識、いわゆるPHR(Personal Health Record)へのニーズも高まるようになってきました。
しかし、それらのPHRへの関心が高まっているのにもかかわらず、患者自身が診療情報の確認をするためには、カルテの開示請求を行わなければならないのが現状です。
このような状況を改善し、医療分野でもDX化を推進するために、自民党が提唱したのが、「医療DX令和ビジョン2030」です。「医療DX令和ビジョン2030」は、医療DX化と効率化、医療情報の適正かつ積極的な活用といったを目的としています。
このような目標を実現するためには、以下3つの取り組みを同時並行で進めていかなければなりません。
・「全国医療情報プラットフォーム」の創設
・「電子カルテ情報の標準化」(全医療機関への普及)
・「診療報酬改定DX」
ここからは、それぞれの取り組みがどのような事が必要なのかを深掘りしていきます。
「全国医療情報プラットフォーム」の創設
「医療DX令和ビジョン2030」の三本柱の一つが、「全国医療情報プラットフォーム」の創設です。
「全国医療情報プラットフォーム」とは、オンライン資格確認等システムのネットワークを拡充し、レセプト・特定健診等情報に加え、予防接種、電子処方箋情報、自治体検診情報、電子カルテ等の医療(介護を含む)全般にわたる情報について共有・交換できる全国的なプラットフォームをいいます。
クラウド間連携を実現し、自治体や介護事業者等間を含め、必要なときに必要な情報を共有・交換できる全国的な プラットフォームとなる予定です。これまでの紙ベースではなかなか実現できなかった医療情報の連携を可能としていくものとなります。
「全国医療情報プラットフォーム」の利点
では、全国医療情報プラットフォームにはどのような利点があるのでしょうか。
医療や介護などに必要な医療情報は、患者さん自身や医療機関、自治体、介護事業者がそれぞれ個別に保管していました。各機関との連携は足並みがそろわないことも多く、必要な情報の見落としや処方薬の重複、検査の重複が生じていたケースも多々ありました。
「全国医療情報プラットフォーム」の創設によって、全ての医療情報をクラウド化して共有することができるようになります。
このプラットフォームによって、不必要な手間を省くことができるだけではありません。
検査、診察の重複や処方薬の適正化にも応用することができるので、治療や介護の質を高めることができるようになるのです。
「全国医療情報プラットフォーム」の問題点、課題
では、「全国医療情報プラットフォーム」の問題点や課題はどのようなものがあるでしょうか。
マイナンバーカードで受診した患者さんは本人同意の下、これらの情報を医師や薬剤師と共有することができます。情報共有によって、より良い医療につながるとともに、患者さん自らの予防・健康づくりを促進できます。さらに、次の感染症危機において必要な情報を迅速かつ確実に取得できる仕組みとしての活用も見込まれるでしょう。
このように、医療サービス、介護サービスを受ける側の患者さんは、マイナンバーカードを作成し、ここに受診歴や検査情報、健康保険情報などを登録する必要があります。
しかし、このマイナンバーカードへの健康保険情報の誤入力問題や、そもそもマイナンバーカードで国家に個人情報を管理されることへの心理的障壁などの問題もあり、マイナンバーカードの普及率が伸び悩んでいる現状もあります。
また、このようなプラットフォームを円滑に運用するためには、ランサムウェアをはじめとした、昨今の複雑化するコンピューターウイルスなどの脅威から完全に防御できるセキュリティ対策が必要になります。
さらに、プラットフォームを運用するために、オンライン資格確認などシステムのネットワークを発展させた活用が想定されています。しかし、資格確認に必要なマイナンバーカードの普及も完全とはいえない現状です。
オンライン資格確認の運用開始施設は、まだ2割程度にとどまっているため、当初の想定よりも大幅に遅れているといわざるを得ません。
この課題への対策としては、官民挙げてのマイナンバーカード、オンライン資格確認の普及、診療報酬改定によりプラットフォーム実現のための医療機関でのICT化優遇などがあげられます。
電子カルテ情報の標準化
「電子カルテ情報の標準化」については、医療機関同士などでのスムーズなデータ交換や共有を推進するために策定されました。
HL7 FHIRを交換規格とし、交換する標準的なデータの項目及び電子的な仕様を定めた上で、それらの仕様を国として標準規格化する方向で進んでいます。
厚生労働省においては、令和4年3月に、3文書6情報(※)を厚労省標準規格として採択しました。
(※)3文書:診療情報提供書、退院時サマリー、健診結果報告書
6情報:傷病名、アレルギー情報、感染症情報、薬剤禁忌情報、検査情報(救急時に有用な検査、生活習慣病関連の検査) 、処方情報
今後、医療現場での有用性を考慮しつつ、標準規格化の範囲の拡張を推進します。令和4年度は厚生労働科学研究費補助金の事業において透析情報及び一部の感染症発生届の標準規格化に取り組みます。
「電子カルテ情報の標準化」の利点
電子カルテ導入における最大のメリットは、カルテ情報のデジタル化による管理・活用の有用性です。
データの閲覧や検索などが容易に素早くできることや、データの共有がすぐにできる点などで、紙カルテには比べ圧倒的な優位であるといえるでしょう。
新規患者さんが記入した問診票などの基本情報を受付スタッフが電子カルテに入力することで、医師は診察室にいながらにして確認できます。別室で行った検査の結果も素早く取り込むことですぐに検査データも紐づけることができます。
さらに診察を終えカルテが記入されれば、即自的に医療費が自動計算され、会計がスムーズになります。
このように、全ての業務をワンストップで進めることができるのが電子カルテの特徴です。再診患者さんの情報の呼び出しも即座にできますので、業務の効率化の面でも期待できます。
また、紙カルテの保管にはそれなりの物理的スペースが必要でしたが、電子化することで省スペースも実現できます。
「電子カルテ情報の標準化」の問題点
電子カルテを運用するためには、初期費用、運用費用などのコストがかかる点が医療機関に負担となってしまいます。また、医療スタッフのICTリテラシーも必要となりますので、実際に稼働させるまでには時間はみておく必要があります。
しかし、医療DX化は政府も推進しており時代の流れといわざるをえません。導入コストに関しても、助成金などもあります。これらのサービスも活用していくべきではないでしょうか。
「電子カルテ情報の標準化」の進捗状況
「電子カルテ情報の標準化」とともに、標準型電子カルテの検討についても、議論されています。電子カルテ最大の目的である医療情報の共有は、電子カルテやHL7FHIR未導入の医療機関ではそもそも連携ができません。
まずは標準化された電子カルテの導入が必要になります。
厚生労働省から発表されたデータによると、電子カルテ普及率は、平成29年時点で一般病院46.7%、診療所41.6%。令和2年時点で一般病院57.2%、診療所49.9%となっています。まだ半分近くの医療機関が導入できていない現状があるため、導入の促進に向けた取り組みが必要となるのではないでしょうか。
今回の医療DX令和ビジョン2030では、厚生労働省が主導し、官民協力により低価格で安全なHL7FHIR準拠の標準クラウドベースの電子カルテを開発することが名言されています。
この「標準型電子カルテ」の導入を進める補助金などの施策を検討することが提唱されています。提言では、2026年までに80%、2030年までに100%とする目標が掲げられています。
また、「以下4点についても検討する」とされており、今後の展開が注視されるところです。
1.閲覧権限を設定する機能や閲覧者を患者自身が確認できる機能の実装
2.診療を支援し、作業を軽減する機能の実装
3.検査会社との情報連携の方法を決めること
4.介護事業所などにも医師が許可した電子カルテ情報について共有できるようにする
診療報酬改定DX
医療DX令和ビジョン2030の三本柱最後の一つは、「診療報酬改定DX」です。現状、ベンダや医療機関等においては、診療報酬改定に短期間で集中的に対応するため、大きな業務負荷が生じています。
通例、改定施行日は4月1日からとなっています。しかし、支払基金からの電子点数表が提示されるのは3月です。そこから患者負担金の計算に間に合うように、ソフトウェアを改修する必要があるのです。
また、ソフトウェアのリリース後も、支払基金や厚生局から診療報酬改定のQ&Aが遅れて発行されます。そのため、4月診療分レセプトの初回請求(5/10)までに、国の解釈通知等について更に対応が必要となるのです。
「診療報酬改定DX」はこの年度末の短期間に行う作業の平準化を目的としています。
診療報酬改定DX化の利点
では、この「診療報酬改定DX」にはどのような利点があるのでしょうか。
まず、厚生労働省が主導で、共通算定モジュールの開発・提供を行います。
これにより、以下の効果が見込まれます。
・診療報酬改定に際し個々のベンダや大病院等が行っているソフトウェア改修等の負担が軽減されます。
・診療報酬改定の施行日当日から、医療機関等の窓口における「患者負担金計算」の正確性が確保されます。
・レセプト請求に係る「事前審査機能」を持たせることにより「診療報酬算定」の正確性が確保されます。
・有事において有用なレセプトデータの活用も可能になります。
このように、各ベンダや医療機関で異なっていた診療報酬の請求を画一化することで、年度末に急ピッチで診療報酬改定に間に合わせるといったようなこともなくなり、余裕を持って診療報酬改定に対応できることが最大の利点となるのではないでしょうか。
診療報酬改定DX化の課題とは
現行の診療報酬点数は膨大なテキスト情報で構成されています。
そのため、プロジェクトの難易度は非常に高く、必ずしも共通算定モジュールの作成が成功するとは限りません。診療報酬改定DXを見据えて、医療機関がデジタル化やDX化に踏み切ったにもかかわらず、診療報酬改定DXが実現しないという可能性もゼロではありません。
また、診療報酬改定DXが実現した場合でも、今までのシステムの運用方法が共通算定モジュールと大幅に違っていた場合は、運用方法を大きく刷新する必要に迫られます。
この場合、共通算定モジュールの導入には多大な労力がかかるでしょう。
まとめ
今回の記事では、医療DX令和ビジョン2030について紹介してきました。
全国医療情報プラットフォーム、電子カルテ情報の標準化、診療報酬改定DXを実現することで現在個別で管理している情報を一元化できます。
医療情報を一元化できれば、PHRの有用性も高まります。日本においては医療分野のDX化は遅れており、一朝一夕にはいかないかもしれません。しかし、政府としても導入には積極的です。医療関係者としても最低限のICTリテラシーは持っておきたいものです。
参考文献
- 「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チームHP
- 「医療DXについて」(第1回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料)
- 「第1回医療DX推進本部幹事会資料」(第2回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料)
- 「診療報酬改定DX対応方針」(令和5年4月厚生労働省)