電子カルテ義務化の動向と展望を解説!医療機関が準備すべきこととは?

執筆はライター下田 篤男(管理薬剤師・薬局経営コンサルタント)が担当しました。
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「電子カルテって義務化されるのかな?」
「電子カルテ導入するとして注意しておきたいことってあるのかな」
このように、電子カルテの導入について疑問に思っている先生も多いのではないでしょうか。
医療のデジタル化が急速に進む中、電子カルテの導入が医療機関にとって重要な課題となっています。現在、電子カルテの義務化は正式決定されていませんが、国の「医療DX令和ビジョン2030」では全国医療情報プラットフォームの創設と電子カルテ情報の標準化が重点施策として推進されています。2030年までに電子カルテの普及を大幅に進める方針が示されており、医療機関はこの流れに対応する準備が必要です。
そこで今回の記事では、電子カルテ導入に関する最新動向と、医療DXの全体像について解説します。
電子カルテの導入や変更を考えている先生は、ぜひ参考にしてください。
電子カルテ義務化の現状と背景
日本の医療現場は大きな転換期を迎えています。電子カルテの義務化と医療DXの推進により、医療提供体制は今後劇的に変化していくでしょう。
電子カルテ義務化の背景には何があるのでしょうか。その現状と重要性について解説します。
現時点での義務化状況(2025年6月時点)
2025年6月時点では、電子カルテシステムの導入は義務化されているわけではありません。
政府は2030年までに、ほぼすべての病院やクリニックで電子カルテを使えるようにする計画を立てています。
しかし、電子カルテの導入には費用がかかることもあり、「必ず導入しなければならない」とはしていません。
一方で、2023年4月からは「オンライン資格確認システム」の導入を義務化しました。このシステムを使えば、患者さんの健康保険証の情報をコンピューターで確認できます。将来的に電子カルテと連携させることで、医師が治療に必要な情報をすぐに見られるようになる予定です。
なぜ電子カルテが重要視されているのか
電子カルテが医療現場で重要視される理由は、主に次の3つのポイントにまとめられます。
・医療情報の共有
・医療安全性の向上
・診療データの蓄積・分析
この3つのポイントについて、詳しく解説します。
医療情報の共有
まず第一に、医療情報の共有による医療の質向上が挙げられます。患者が複数の医療機関を受診する際、過去の診療情報がシームレスに共有されれば、重複検査の回避や適切な治療判断が可能になります。
医療安全性の向上
二つ目のポイントは、医療安全の向上も重要な側面です。処方ミスや薬剤の相互作用チェック、アレルギー情報の共有などが電子的に行われることで、医療事故のリスク低減につながります。
診療データの蓄積・分析
第三のポイントとしては、診療データの蓄積・分析による医学研究や公衆衛生対策の高度化も期待できることがあげられます。
COVID-19パンデミックの経験からも、リアルタイムの医療データ収集と分析の重要性が再認識されました。
医療DXにおける電子カルテの位置づけ
医療DXにおいて電子カルテは中核的な役割を担っています。電子カルテは単なる紙カルテの電子化ではなく、医療データの標準化・共有化を実現するためのプラットフォームとなるものです。
医療DXの様々な取り組み(オンライン診療、AI診断支援、PHR活用など)は、電子カルテを基盤として初めて効果的に機能します。
例えば、AIによる診断支援は、電子カルテに蓄積された膨大な臨床データを学習することで精度を高めることができるのです。
また、患者自身が自分の医療情報にアクセスできるPHR(Personal Health Record)も、電子カルテとの連携があってこそ有用なツールとなります。
このように、電子カルテは医療DXのエコシステム全体を支える基幹システムとして位置づけられているのです。
医療DX令和ビジョン2030の概要
政府が掲げる「医療DX令和ビジョン2030」とは何でしょうか。その全体像と重点施策について解説します。
3つの重点取り組みについて
医療DX令和ビジョン2030は、政府が2022年に策定した医療のデジタル化に関する長期戦略です。このビジョンでは、「すべての国民が質の高い医療を効率的に受けられる社会」の実現を掲げており、2030年までに達成すべき具体的な目標が設定されています。
このビジョンでは、以下の3つの重点取り組みが定められています。
・医療情報の標準化と相互運用性の確保
・全国医療情報プラットフォームの構築
・医療機関のデジタル化支援
この3つの取り組みについて一つずつ確認していきましょう。
医療情報の標準化と相互運用性の確保
1つ目は「医療情報の標準化と相互運用性の確保」です。異なるベンダーの電子カルテ間でもデータが円滑に共有できるよう、HL7 FHIR等の国際標準規格の採用を推進します。電子カルテの標準化ガイドラインも策定され、ベンダー各社はこれに準拠したシステム開発が求められています。
全国医療情報プラットフォームの構築
2つ目は「全国医療情報プラットフォームの構築」です。安全かつ効率的に医療情報を共有・活用するための全国的なネットワークを整備します。このプラットフォームは、マイナンバーカードを活用した本人認証と連携し、患者の同意に基づいた情報共有を実現します。
医療機関のデジタル化支援
3つ目は「医療機関のデジタル化支援」です。特に中小規模の医療機関におけるIT導入を技術的・財政的に支援します。具体的には、補助金制度の拡充、導入支援コンサルタントの派遣、地域単位での共同利用型システムの推進などが行われています。
医療DX令和ビジョン2030についてもっと詳しく知りたい方は、詳しく説明した記事がありますので、そちらを参考にしてください。
関連記事:【医師監修】医療DX令和ビジョン2030とは?~医療情報の有用性とPHR~
全国医療情報プラットフォームとは
全国医療情報プラットフォームとは、異なる医療機関間で患者情報を安全に共有するための基盤システムです。
このプラットフォームにより、患者は自身の医療データをスマートフォンなどで確認できるようになり、医療機関は患者の同意のもとで過去の診療情報を参照できるのです。
このプラットフォームは、既存の地域医療情報ネットワーク(EHR)と連携しながら、全国規模での情報共有を可能にします。また、救急医療の現場では、患者の同意がなくても緊急時に限定した情報参照が可能となる仕組みも検討されています。
プラットフォームは2025年までに基本機能の運用を開始し、2030年までに全国の医療機関をカバーする計画です。このシステムにより、患者は複数の医療機関を受診しても、それぞれの施設で検査や処方を繰り返す必要がなくなり、より効率的で質の高い医療を受けられるようになるでしょう。
医療機関が今から準備すべきこと
電子カルテ導入・移行を成功させるために、医療機関はいま何を準備すべきか。具体的な検討ポイントをまとめました。
電子カルテ導入の検討ポイント
電子カルテ導入を検討する際の重要ポイントとして、まず自院の診療特性に合ったシステム選定が挙げられます。標準規格への対応状況、使いやすさ、カスタマイズ性、連携可能な外部システム(レセプトコンピュータ、検査機器など)を比較検討することが重要です。
また、初期費用だけでなく、ランニングコスト(保守料、バージョンアップ費用など)を含めた総所有コスト(TCO)を算出することも欠かせません。クラウド型とオンプレミス型のメリット・デメリットを比較し、自院に最適な形態を選択しましょう。
さらに、ベンダーのサポート体制や導入実績も重要な判断材料となります。特に同規模・同診療科の医療機関での導入事例があるベンダーを選ぶことで、スムーズな導入が期待できます。
加えて、将来的な拡張性も考慮すべきポイントです。オンライン診療への対応、他院との連携機能、患者向けポータルサイトとの連携など、今後必要となる機能への対応可能性も確認しておきましょう。
おすすめの電子カルテメーカーを知りたい方は、詳しく説明した記事がありますので、そちらを参考にしてください。
関連記事:電子カルテメーカー15選!おすすめポイントを徹底解説!
既存システムからの移行方法
既存システムからの移行方法については、綿密な計画が必要です。
まず、過去の診療データの移行範囲と方法を決定します(全データ移行か、一定期間のみか)。紙カルテから移行する場合は、どの程度の情報を電子化するか、優先順位を付けて検討しましょう。既存の電子カルテからの移行の場合は、データ変換ツールの有無や移行作業の担当者を明確にすることが重要です。
次に、移行期間中の診療業務への影響を最小化するための運用計画を立てます。診療に支障が出ないよう、外来診療の縮小期間を設けるなどの工夫も検討しましょう。段階的な移行を行う場合は、紙カルテと電子カルテの併用期間における運用ルールを明確にすることが重要です。
また、データ移行テストを十分に行い、問題点を事前に洗い出しておくことも必須です。特に重要な臨床情報(アレルギー情報、慢性疾患の病名、常用薬など)が正しく移行されているかを入念にチェックします。移行作業の責任者とチェック体制を明確にし、誰が最終確認を行うかも決めておきましょう。
さらに、移行の時期も慎重に選ぶ必要があります。診療が比較的落ち着く時期や、連休を利用するなど、医療機関の状況に合わせた最適なタイミングを見極めることが成功の鍵となります。
医療スタッフへの教育・トレーニング
医療スタッフへの教育・トレーニングは導入成功の大きなポイントとなります。
まず、電子カルテ導入の目的と意義を全スタッフで共有し、前向きな姿勢を醸成することが大切です。単なる「デジタル化」ではなく、患者ケアの質向上や業務効率化という本質的な目的を理解してもらいましょう。
トレーニングは職種別・レベル別に計画し、それぞれの業務に即した内容を提供します。医師、看護師、医療技術職、事務職など、職種ごとに必要な操作は異なるため、カスタマイズされたトレーニングプログラムを用意することが効果的です。特にITリテラシーに差がある場合は、基礎的な内容から始める初心者クラスも設けるとよいでしょう。
また、院内にシステム管理者(スーパーユーザー)を育成し、日常的な質問や小さなトラブルに対応できる体制を作ることも有効です。各部署から1〜2名のスーパーユーザーを選出し、より深い知識を身につけてもらうことで、現場レベルでの問題解決が可能になります。
トレーニングは導入直前だけでなく、導入後のフォローアップも計画的に実施することで、スタッフの習熟度を高めていくことができます。定期的な復習セッションや、新しい機能の紹介、よくある質問への回答集(FAQ)の作成なども効果的です。
さらに、スタッフからのフィードバックを収集し、システムの改善や運用ルールの見直しに活かす仕組みも重要です。現場の声を取り入れることで、電子カルテがより使いやすく、業務に即したツールへと進化していくでしょう。
電子カルテ導入は単なるシステム更新ではなく、医療機関の業務プロセス全体の見直しの機会でもあります。この機会に業務フローを最適化し、真の意味での医療DXを実現することが、これからの医療機関に求められています。
電子カルテ以外の医療DX施策
電子カルテの義務化目標は医療DXの一部に過ぎません。患者体験の向上や医療の質・効率性を高めるために推進されている他の重要施策について解説します。
PHR(Personal Health Record)の活用促進
PHR(Personal Health Record)は、個人が自らの健康・医療情報を生涯にわたって一元的に管理し、活用するための仕組みです。日本では「マイナポータル」を通じた健診データや薬剤情報の閲覧サービスが既に始まっており、2025年までに対象情報を大幅に拡充する計画が進んでいます。
PHRの活用促進によって期待される効果は多岐にわたります。患者側は、自身の健康データを常に確認できることで健康意識が高まり、生活習慣の改善や予防医療への積極的な参加することが可能です。
例えば、血圧や血糖値の推移を自分で管理し、異常値が続く場合には早期に医療機関を受診するきっかけになります。
医療機関側では、患者が持つ過去の診療情報や健診データを参照できることで、より適切な診断や治療方針の決定が可能です。特に救急時や災害時には、患者の既往歴やアレルギー情報などの重要データにアクセスできることが、適切な医療提供につながります。
今後のPHR拡充のロードマップとしては、2024年からは診療情報や処方箋情報の閲覧が可能となり、2025年には電子カルテ情報との連携も強化される予定です。また、民間PHRサービスと公的PHRの連携も進められており、ウェアラブルデバイスで収集した日常の健康データと医療機関のデータを組み合わせた包括的な健康管理が実現しつつあります。
医療機関は、患者がPHRを活用できるよう支援する役割も期待されています。診療情報の標準化対応や、患者への情報提供の仕組み作りが今後の課題となるでしょう。
オンライン診療の拡充
コロナ禍を契機に急速に普及したオンライン診療は、医療DXの重要な柱として恒久化されています。
2023年に施行された改正医師法により、初診からのオンライン診療が一定条件下で認められるようになり、利用範囲が大幅に拡大しました。
オンライン診療の拡充により、地理的・時間的制約を超えた医療アクセスが可能になります。
特に過疎地域や医師不足地域の患者、通院が困難な高齢者や障害者、多忙なビジネスパーソンなど、様々な事情で通院が難しい患者にとって大きなメリットとなります。
現在のオンライン診療は、以下のような状況です。
・初診対応の拡大
特定の疾患や状況では、初診からのオンライン診療が可能になりました。慢性疾患の定期フォローや、軽症の急性疾患などが対象となっています。
・処方箋の電子化
電子処方箋の本格運用が開始され、オンライン診療と組み合わせることで、診察から薬の受け取りまでがデジタルで完結するようになりました。
・遠隔モニタリングの活用
慢性疾患患者向けに、自宅での測定データ(血圧、血糖値など)を医療機関に送信し、オンラインで指導を受ける仕組みも広がっています。
・AI問診の導入
診察前にAIによる事前問診を行い、効率的なオンライン診療を実現するサービスも増えています。
しかし、オンライン診療にはまだ課題も残されています。画像診断の限界や、触診ができないことによる診断精度の問題、高齢者など情報弱者へのアクセシビリティ、セキュリティやプライバシーの懸念などです。
医療機関がオンライン診療を導入する際には、電子カルテとの連携や診療報酬の算定要件の理解、スタッフのトレーニング、患者への説明方法などを事前に整理しておくことが重要です。オンライン診療は対面診療の「代替」ではなく「補完」と位置づけ、両者の適切な使い分けを行うことが望ましいでしょう。
医療情報の二次利用
医療情報の二次利用とは、診療目的で収集された医療データを、研究開発や公衆衛生政策、医療の質向上などの目的で活用することを指します。日本では2018年に次世代医療基盤法が施行され、医療情報の二次利用に関する法的枠組みが整備されました。
医療情報の二次利用によって期待される効果は多岐にわたります。
・医学研究の発展
大規模な実臨床データを活用することで、新たな治療法の開発や疾患メカニズムの解明が進みます。
特に希少疾患や複雑な慢性疾患の研究において、データの価値はさらに高まっているのです。
・医療の質向上
診療データの分析により、治療効果の比較や最適な診療パターンの発見が可能になります。
これにより、より効果的で安全な医療の提供につながります。
・医療政策立案への活用
地域ごとの疾病構造や医療資源の利用状況を分析することで、効率的な医療提供体制の構築に役立てられるでしょう。
・創薬・医療機器開発の加速
実臨床データを活用することで、新薬や医療機器の開発が効率化されます。
特に、AI開発のための学習データとしての価値も高まっています。
医療DX令和ビジョン2030では、2026年までに全国規模の医療情報収集システムを本格稼働させ、二次利用のための基盤整備を進める計画が示されています。このシステムでは、個人情報保護と学術利用のバランスを取りながら、貴重な医療データを社会全体の資産として活用していくことが目指されています。
医療機関にとっては、二次利用に適したデータ管理体制の構築が必要です。
具体的には、データの標準化対応、質の高いデータ入力の徹底、患者への適切な説明と同意取得プロセスの整備などが重要です。二次利用に協力することは、社会全体の医療の発展に貢献するだけでなく、自施設の診療の質向上にもつながる取り組みと言えるでしょう。
ただし、医療情報の二次利用にはプライバシー保護や情報セキュリティの確保が不可欠です。個人情報の適切な匿名化処理や、セキュリティ対策の徹底、透明性の高い運用ガバナンスなどが重要な課題となっています。医療機関は、これらの課題に適切に対応しながら、貴重な医療データの社会的活用に協力していくことが期待されています。
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まとめ
政府は「医療DX令和ビジョン2030」において、2030年までにほぼすべての医療機関での電子カルテ導入を目指していますが、現時点では義務化されているわけではありません。
ただし、電子カルテは医療情報の共有、医療安全性の向上、診療データの活用という3つの観点から重要視されています。
国の政策では全国医療情報プラットフォームの構築や電子カルテ情報の標準化も進められており、医療機関ではシステム選定、データ移行計画、スタッフ教育などの準備が求められています。今後はPHRの活用やオンライン診療の拡充も医療DXの重要な施策として推進されていくでしょう。
参考文献: