東京都世田谷区の国立成育医療研究センターは受精・妊娠に始まり、胎児期、新生児期、乳児期、学童期、思春期を経て次世代を育成する成人期へと至るライフサイクルに生じる疾患(成育疾患)に関する医療と研究を推進しています。
女性内科では、妊娠糖尿病・糖尿病合併妊婦患者さんや、肥満や挙児希望がある耐糖能異常の患者さんへ自己管理アプリ「シンクヘルス」を取り入れています。
今回は女性内科医師飯村祐子先生にお話を伺いました。
※本記事はダイジェスト版です。
シンクヘルス導入に至った経緯と導入後の効果
シンクヘルスを導入する前に感じていた診療上の課題を教えてください。
糖代謝異常合併妊娠、特に妊娠糖尿病の場合には妊娠中期以降に急激な血糖変化が生じます。妊娠中の食事量が足りない場合、胎児成長に影響を及ぼすこともあります。
一方で食事の糖質・脂質過多は妊娠中の顕著な体重増加や高血糖を来たし巨大児や胎児過成長など周産期合併症の原因となるため、食事が少なすぎても多すぎても胎児への影響が出てしまいます。胎児の成長に必要なエネルギーの供給をしながら適切な血糖値を維持するために適正な食事量・バランスの指導が重要です。
このように細やかな指導が必要であることはわかっていても、これまでは外来診療で食事の聞き取りを行うことは時間的余裕もなく困難でした。また、患者側としても毎回の食事を記録することは大変で続けられず、診察時に食事内容を聞いても忘れている場合も多くありました。
シンクヘルスを導入後、その課題は解決されましたか?
はい。 isCGM (intermittently scanned Continuous Glucose Monitoring)と一緒にシンクヘルスを患者さんに導入することで、医療従事者が血糖変動と食事の具体的な内容を合わせて把握できるようになりました。
患者さんはシンクヘルス上で食事の写真を撮ったものを記録しながら、血糖、血圧、体重も記録ができるので生活全体の把握を患者さん自身ができるようになりました。例えば、「XXを食べたら血糖が上がったな。量が多かったのかな?食べる速さの問題だったのかな?」という反省から「次はこうしてみよう!」という行動変容を促すことができるようになりました。
何よりも記録が非常に簡単にできるので、続けやすいとのことでした。
院内での実際の活用について
どのようにシンクヘルスを院内で運用しているのか教えてください。
当院では、医師の診察、看護師の療養指導、栄養士の栄養指導の際にはシンクヘルスの食事記録とisCGMのデータで血糖変動を確認するようにしています。
まず診断時にisCGMとシンクヘルスを導入しています。その後7〜10日経過した際の診察日に、看護指導ではisCGMのデータレポートを印刷し、isCGMで困ったことや疑問点を患者さんから聞き取ります。
そしてシンクヘルスの食事記録とisCGMのデータを照らし合わせて高血糖や低血糖箇所の気になる部分に関して聞き取りを行います。やはり高血糖があるときは、必ず理由があるので、その理由を拾って診察前に医師に伝えてくれています。例えば、就寝時間が遅くなった次の日は朝食の時間が遅くなることで、空腹時間が長くなり、高血糖になりやすくなっている、といったことなどですね。看護師の療養指導では、このように、患者さんの生活に根差した指導を行っています。
医師は看護師と栄養士の指導内容を参考に診察を行います。産婦人科での胎児成長や妊婦の体重増加も参考にしています。血糖が大幅に目標から外れていないか、血糖値が目標範囲内でも、食事を減らし過ぎていないか、などを見ていますね。食事が適正でない場合は指導しますし、適正でも血糖が高いときや、明らかに食事量が足りない場合はインスリン注射を提案します。
※本事例の内容を詳細にお話しいただいている「完全版」はこちらからダウンロードいただけます。
妊娠糖尿病の患者さんでシンクヘルスとisCGMを併用して導入した事例を教えてください。
はい。妊娠26週で当院を受診され、診断後にエネルギー不足が発覚した症例をご紹介します。
こちらの患者さんは27週で経口ブドウ糖負荷試験で3点以上の妊娠糖尿病の診断となり、isCGMによる血糖測定とシンクヘルス上での食事記録を開始してもらいました。数日後の診察で、起床時の血糖値が100を大きく超えていたため、まずは持効型インスリンを導入しました。
その後、外来でシンクヘルスで記録してもらった食事写真を見ながら食事内容を確認すると、野菜は多いがかなり低糖質傾向であり、総カロリーも不足していることが分かりました。話を聞いてみると、起床時の血糖が高くこれ以上血糖が上がったらダメだと思い、ブランパンや糖質オフの食品を摂っているとのことでした。胎児の成長と母体にとって、もっと摂取カロリーが必要であることを説明し、ボーラスインスリンの導入を開始しました。
指導後、インスリンを打つことで食事量を増やし、低GIでバランスのとれた食事への変化がありました。結果として28週で平均血糖107、その4週間後の平均血糖も97と安定した血糖管理を行いながら、胎児の過成長もなく、必要な糖質量を確保することができるようになりました。
患者さんへのアプリの紹介と導入のメリット
どのような患者さんにシンクヘルスを紹介されていますか?
当院では2020年4月からシンクヘルスを導入し、これまで600名以上の患者さんがアプリを利用し当院とデータを共有して診療に活用してきました。このうち9割が妊娠糖尿病の患者さんです。妊娠糖尿病2点以上や、1点+BMI値が高い患者さんは全例isCGMを使用してもらっていて、isCGMを使う方全員にシンクヘルスを利用してもらっています。
このほか1型、2型の糖尿病合併妊娠の患者さんや、今後妊娠を希望する患者さんなどにも導入しています。
患者さんの年齢層は20〜40代でスマートフォンを多用する世代です。
妊娠糖尿病の場合には、妊娠期間に限定してアプリの利用を勧めています。アプリを紹介するとほぼ100%が利用してくださり受け入れはとても良好です。アプリの中断も数人程度なので、ご紹介している患者さんの層との親和性が高いアプリだと感じています。
シンクヘルスを診療に活用するメリットを教えてください。
シンクヘルスを使うと、間食の摂取など聞き取りのときに患者さんが忘れてしまっているようなことも、きちんと把握できる点はいいですね。
その他にも、遠隔でも患者さんの記録が見れることがメリットだと思います。妊娠糖尿病の患者さんは、通常2週間に1回診察をしていますが、血糖の状態が悪い方はもっと頻繁に見る必要があります。しかし、数は多くないですが、毎週来院するのが難しい患者さんもいます。そのような場合には、isCGMのデータとシンクヘルスの画面を見ながら電話再診をすることもあります。
妊娠糖尿病の患者さんにはisCGMとシンクヘルスを利用してもらっているので、オンラインでも診察・指導ができると思います。実運用はできていませんが、オンライン栄養指導など相性が良いので、できたらいいなと思っています。
※本事例の内容を詳細にお話しいただいている「完全版」はこちらからダウンロードいただけます。